生の声、生の言葉 [日常の雑感のようだ]
取材した試合の内容とか結果とか、その日までの場外でのあれやこれやとか、そういったものも辛いけれども、やはりネット上の悪意ある言葉たちが一番辛い。だから23日の原稿を仕上げて一段落してふと空白を置くと、正直なところフットボールが嫌いになりそうでした。
でも、24日になんとか現場に出たこと、そこで話せる人と話をしたこと、当事者の話を聞いたこと、それらに加え、ファンサービスで直接言葉を交わす選手・スタッフとファン・サポーターの様子に、心を動かされました。オフラインの現実の世界には、逆境でもチームの人達をそれぞれ支えてくれる方々がいるのです。ときに優しくときに厳しく、どちらにしても直接面と向かって声をかけてくれるような。
でも、24日になんとか現場に出たこと、そこで話せる人と話をしたこと、当事者の話を聞いたこと、それらに加え、ファンサービスで直接言葉を交わす選手・スタッフとファン・サポーターの様子に、心を動かされました。オフラインの現実の世界には、逆境でもチームの人達をそれぞれ支えてくれる方々がいるのです。ときに優しくときに厳しく、どちらにしても直接面と向かって声をかけてくれるような。
ふと提灯を目にして [日常の雑感のようだ]
7月になってから既に4回の出張があったのでなかなか仙台で落ち着けなかったのですが、今日は買い物がてら仙台駅までアーケードを歩けば、あちこちに提灯や垂れ幕があり、市街地の寺社における夏祭りの季節になったと感じます。
散々な出張群と陶芸トロフィー [日常の雑感のようだ]
7月1日から16日までの間に山形、栃木、名古屋、そして金沢まで行って帰ってきました。夜に仕事をして、その翌朝はその日の仕事のため早朝に起きて帰仙便に飛び乗らなければいけない。その繰り返しでした。そして現場ではあれこれあって疲れてしまいました。それでも、取材対象と面と向かって、責任を持って仕事を続けるのみです。
世に誤字の種は尽きまじ [日常の雑感のようだ]
ワードプロセッサができて以来、手書きよりもタイプの方が誤字が減るかなと思ったのは遠い昔のこと。そちらはそちらで誤変換があり、校正の手間については増減とかそういう問題ではなく、新たなタイプの誤字が出てきたというのが現実です。