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10年夢blog 第8回 [GBA作品(小説)]

10年夢blog 第8回

 困ったことに、その後も俺がblogを過去ネタで更新するたびに、変な予言トラックバックはもれなく付くようになっていた。あるときは「迷って迷って迷いまくった末に元の道に戻らざるを得なくなる」、またあるときは「光陰矢のごとし、を実感するに違いない」、はたまた「汝水難の相があるぞよ」と、シンプルな言葉だけが書かれた記事が。こうなるともはや朝の情報番組によくある占いの域に達している。
 そして俺はもれなくそれらの予言に振り回されてきた。次第に夢に悩まされていた頃のように、日中の生活にも影響が出てきた。

 あまりにも酷いので今度の週末に誰か旧友に会った際に相談しようかと思っていた頃、こんな記事がトラックバックされてきた。


未来予想:2/8

しゅー氏は少しの変化を起こせば、10年前の3月某日と同じような喜びをする日が来るはずなんだがなあ。近いうちに。


 今度はますますわからなくなってきた。
 だが、10年と聞いてぱっと思い出した顔がある。
 そうか、これは猛の仕業だな!この前10年の付き合いがどうとか言っていたし。大体あいつは何かにつけ俺が夢に責任転嫁することを止めさせようと必死だったから、「夢にしても予言にしても同じ。結局お前は自分で勝負しない責任を何かに転嫁させたいだけなんだ」といつもの説教をしているんだ、多分。それがいつものジャズ喫茶ではなく、ウェブ上での出張説教サービスに変わっただけに違いない。
 今度の週末に会う相手は決まった。

今日の愚痴:2/12
 いかん、blogの見出し風になってしまった。とんだ中毒だな。
 さてその日に例のジャズ喫茶で俺と向かい合った人は、こう言ってきた。
「旦那は犯人じゃないわよ」
「電話でも本人からそう言われたっス」
 そう、電話では猛とアポを取ったつもりが来たのは奥さんだった。
 猛の奥さんの幸江さんは二つ年上である。実はこの夫婦は大学の吹奏楽部内での組み合わせであり、バリトンサックスを鳴らしていた長身の先輩は長い春の末に三年前に猛と結婚していたのだった。普通31歳にもなると一つや二つの年の差など気にならず喋るものなのだろうが、相手にはどうしても「先輩」のイメージが残っているということもあり、俺はその歳になっても敬語のようなそうでないような変な言葉遣いになってしまう。換言すれば距離を採る方法を模索した言葉になってしまう。
 ともかく、猛は急用が入ったという。だから幸江さんが来た訳なのだが、今まで当日になって来られなかったことなどなかったから、何だか不思議な気がする。偶然か、それともやっぱり例のトラックバックに関わっているのか。考えすぎか。普通に考えれば休日出勤だよな。
 でも奥さんは言うのだよ。トラックバックをつけたのは猛じゃないって。
「犯人捜しより、夢だの予言だのに悩むより、他のことにエネルギーを使ったら?」
 学生時代この二人が一緒にいるときは一体全体どうしてこういう組み合わせだったのか理解に苦しむところがあったが、今こういう言葉を聞くと、実に夫婦だと思う。あの時部内に成立していたカップルで今も続いているのはこの二人だけなんじゃないだろうか。俺は大学時代に付き合っきた人はみんなサークルとは無関係だった。もっともその方面は先だってのリストラを機に当時の彼女と別れて以来御無沙汰だけど。
 本題に戻ろう。確かに彼女の主張、つまりトラックバックを送ってきたのは猛ではない、というのは嘘ではないと思う。
「でも、何で10年なんて持ち出したんでしょ。最近そんな言葉を聞いた人なんて、猛しかいないはず」
「それまでにくっつけられたトラックバックにあったっていう言葉、黒だの水難だのっていう適当な文句と同じでしょ?」
「それはそうなんだけど、10年前の俺がどうだったか、知っている奴の仕業だという気が取れませんのです」
 これをきっかけに当時の彼女に連絡してみたが番号が変わったのか全く連絡が付かなかった、などということは恥ずかしいので言わない。
 ん、幸江さんが今少しニヤリとしなかったか。くすっではなくてニヤリと。
 心を見透かされたか。いや違う、何か知っているのか?問いただそうと思ったが、彼女は先手を取るかのように微妙に話をずらす。
「君はそう言うけどね、じゃあ10年前の『3月某日』に自分がどんな喜ばしいことやっていたのか、覚えているの?」
 言われてみて考えた。
「10年前の3月なんて、ヒイヒイ言いながら卒論出した記憶しかないっス」
 そうなんだよ。10年前に何をしていたのか、自分自身ろくに覚えていない。大体そのトラックバックが言うように、「喜び」があったかどうかも覚えていない。あるとすれば卒業したこと?だって第一希望の所に就職したことは大いなる喜びだったけど、内定が決まったのはそのずっと前だったものな。
 なんで目の前で幸江さんは溜め息をついているのだろう。俺の答えはそんなに間抜けだったのか。
「苦しいことしか覚えていないってか。もう少し人生楽しんだ方がいいと思うよ。それはともかく、覚えていないくらいならやっぱり気にしない方がいいんじゃない?」
 その説教よりも、次の言葉が俺を凍り付かせた。
「気にしすぎると大変なんだから…知ってるでしょ、新田君だっけ?あの人自殺したんで、旦那はショック受けてんの。ああ見えて繊細なんだから」
 悪いけど猛が繊細かどうかはこの場ではどうでもよかった。
「知らなかったの?どっちにしろ、こっちもお祝いどころじゃない感じよ。君もよく夢に振り回されているって旦那はよく言ってるけど、取り憑かれてそんななっちゃわないでよ」
 実は俺は前の晩に、「川下りをしていたら風で手元からリーフレットが飛んでいってしまう」夢を見ていた。珍しく現実離れしていない夢だと思っていたのだが、去っていったリーフレットは新田だったのか。
 俺はこの時、自分から持ちかけたトラックバックの相談も、幸江さんが何をお祝いしようとしてたのかも、そもそも彼女らはこの日の育児はどうしていたのだろうということも、問題にするどころではなかった。それほど旧友が去った事実は重すぎたのだ。

(続く)


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