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10年夢blog 第11回 [GBA作品(小説)]

10年夢blog 第11回

 とはいえ、どこに行けばいいのだ。
 あの10年前の頃まで多くの時間を過ごした吹奏楽部の練習場は、数年前に老朽化したとかで取り壊されてしまったのを思い出した。実際に母校のキャンパスにも行ってみたけれど、練習場がなくなったのを確認しただけだった。
 そして、あの頃のメンバーに連絡してみても、みんな留守だった。猛もだ。

 結局骨折り損のくたびれ儲けだった。何だかフラフラした後、気がつけばいつものジャズ喫茶の前に俺は立っていた。
 この店は社会人になってから利用するようになったから、大学時代の思い出はない。でも卒業してから、俺は大学時代の旧友と会うときは殆どここを利用してきた。「飲みに行こう」と言われてもここだった。理由は俺のジャズ好きということ以上に、俺は酔うと九分九厘その場で寝てしまうというところにある。何にせよ、今の俺が10年前の雰囲気に浸ることができるのは、その空気を持っていた者達と会ってきたこの場所しかないだろう。
 この場所に一人で入るのは、考えてみると初めてかもしれない。寂しい気もするが、自己満足と言えど安心が欲しかった。今日は確か生演奏がある日だった。

 そうしたらどうだ。俺が店内に入るなり、けたたましいハッピーバースデーが流れてきた。
 編成も技術もバラバラの即席バンド。平気で音を間違えている奴もいる。楽器を吹くこと自体久しぶりのようなメンバーもいた。
 俺が呆然と突っ立っているうちにワンコーラス終わり、連中が楽器を置いたところで気がついた。
 よく見ればみんな、吹奏楽部の同期じゃないか。
「お誕生日、おめでとう!」
 トランペットとサックスとオーボエとチューバ。どういう編成のアンサンブルなんだ。でもそんなことは些細なことだ。
 トランペットは猛で、オーボエは確か北海道に転勤していたところまで覚えていた深谷で、チューバは転職してフリーのデザイナーになって以来多忙を極めていた筈の滝田。
 そしてテナーサックスを吹いていたのは…
 以前家電量販店で会ったあの店員だった。10年前と同じ楽器を吹くのは、柿本留美だった。だとすれば同一人物だったということか。でも「よしの」と名札に書いていなかったか。
 いや待て。その前に、今日3月14日は俺の誕生日だったのか。なんてこった。
「自分では忘れていたのに」
 思わず口に出してしまった。
 俺の物忘れの酷さに即席バンドメンバーが軒並み言葉を忘れていたなか、猛が言う。
「お前、10年前の3月14日、卒業論文を提出したその足で部室に寄っただろ」
「その時言ったよな、『折角の誕生日に何で苦労の総仕上げをせねばならんのだー』とか何とか」
 続けたのはオーボエを吹いていた深谷。
「そう言ったら、部室にいた誰だったか知らないけど、突然ハッピーバースデーを吹き始めたよな。で、その時楽器を手にしていた連中が勝手に合わせていった。それも覚えていないのか」
 チューバを脇に置いて滝田も言う。
 そうだよな。普通、嬉しい思い出は美化されて過剰なまでに覚えているものでしょ。それすら忘れていたということは、俺はよっぽど忙しかったか荒んでいたのか。リストラに始まる苦労のせい?いや、要は俺に余裕がなかったから、心が狭かったから。自分の行動力不足を、夢のせいにしていたみたいに。
「いやー、俺は修治が変なblogを作るのには反対だったんだけどさ、たまにでも旧友と会う機会を作っておく必要は賛成だと感じたんだよね。俺とお前ほど頻繁にということじゃなくても。新田のこともあったしさ」
 blogとどういう関係があるのだろうと思いつつ、猛の話の続きを聞く。
「きっかけはどうでもいいんだろうけど、何かきっかけが欲しかった。そうしたらその機会を作ろうと、こいつが言ってきた」
 猛が指さした先にいたのは、先ほどの演奏で一番音を外していたテナーサックス奏者だった。その(元?)柿本に目を遣れば、何でだか知らないが彼女は手にドラムスティックを一本だけ持っていた。
「私が持っていたの、これ」
 彼女はその演奏スタイル同様、説明が不器用で分かりにくかった。他のメンバーのフォローも組み合わせてみると、こういうことらしい。

 10年前の3月14日に突発的に始まった俺の誕生祝い。演奏が終わると、当時のメンバーはめいめい勝手なことを言い出した。
「んじゃー誕生日プレゼントを」
「そんなもの用意していない」
「わざわざ買う余裕もない」
「お前のスティックよこせ」
 そしてその場にいた同期のメンバーは、面白がって俺のスティックに寄せ書きを始めたのだった。次々に回されて、書きにくそうなボディにサインされるスティック。
「ほれ、プレゼント」
 その意図は冗談のつもりだったのだろうが、思えばその時みんなは、これから離ればなれになることをあらためて実感していたのかもしれない。黒くなっていたスティックを俺は鞄に入れた。
 片方だけは。
 もう片方は、みんなが一本に集中して寄せ書きを始めたものだから、誰かに回ったときに床に落っこちてしまったらしい。俺自身は帰宅後にそれに気づき、「まあ無くしたもんだからしょうがないか。後輩が適当に備品にして使うだろう」くらいに思っていた。卒業後は憧れの企業勤めで忙しく、ドラムを叩く機会もそうなさそうだったから。
 俺が帰った後にそれを拾って気づいたのが柿本だったそうなのだが、その日以来彼女と俺は会わなかった。彼女にしても、捨てるわけにもいかず、また4年も同期でやっていながらろくに話したこともないためか連絡もせず、今に至っていたという。
 そんな中、量販店で彼女は俺を見かけた。そう、俺が一方的に気づいていたのではない。
 俺が彼女の名札等をじろじろ見ていた間、向こうも切り出し方が分からずどうしたものかと思っていたらしい。隣のレジから。
 で、猛の奥さんに連絡した。そうなのだ、この二人、サックスの先輩後輩で、卒業後も割と連絡を取っていたという。猛も交えてそのスティックの件のきっかけをどうしたものかを相談していた。猛から近頃の俺がパッとしない上に何から何まで夢のせいにしているという話を聞き、尚のこと柿本を始め一同は心配し、早いこときっかけを作ろうと思いたったという。
 そのスティックのエピソードを考えると俺の誕生日に照準を絞ることは決めたものの、それまではどのようにして繋ぐか。そうしたら柿本がblog作戦を思いついたそうな。猛から俺の夢blogの話は聞いていたし、俺があの日にblogの本を買っていたことも見ていたから。それにしても俺の未来の予言のみに特化したblogを作ろうとは、どういう発想だ。
 ちなみにあの予言については、10年前同様の喜び云々というもの以外は全部適当な思いつきらしい。
「だって井川君、何か適当なことを書いても現実に結びつけてくれるくらい妄想力高いって聞いたから」
 普段聞いたら即刻激情しそうな言葉だが、彼女は語彙選択においても不器用なんだろうなという推測と、ろくに話したことのない俺の性格に気を遣ってくれた感謝の方が今の俺にとっては優先された。
 ついでに言っておくが、柿本の名字が変わっていたのは両親の離婚に伴うものだった。だから職を変えて数年前からこの街に来ていたらしい。
 あれ、何で俺はホッとしているのだろう。祝ってくれた嬉しさとはまた別に。
「あのときから随分減ったけど、一応、ここに書いておいたから、みんなの」
 一応とは何だとかみんなの何を書いたんだとか、そんな説明は求めない。俺はただ柿本の不器用な説明の先にある「もう一本の」スティックを見た。確かに、今この場で誕生祝いをしてくれたメンバーの名前が寄せ書きされている。
 この歳になって、こんなことがあるとは。今の俺は歓喜の直中だ。一人ご満悦の俺にみんなが言ってくる。
「俺たちの時も、忘れないでやってくれよ」
「ああ、約束する、何せ今日のようなことは…」
 別に今日から正社員になれたわけでも、新しい仕事が見つかったわけでもない。32歳なんて、区切りのいい年齢でもない。でもそんなことより、今日は記念すべき日だ。多分この日は、10年経っても忘れない。だから俺は、10年前も多分言ったであろう言葉で、彼らに感謝したんだ。落語のオチにあったような気もするけど、構うものか。

「夢にも思わなかったよ」

(『10年夢blog』 完)


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kirakiratositananika

完成おめでとうございます!(^^)!
これってけっこう長い話ですよね。しかも10年っていうキーワードもしっかり
入れてあるし。なにより文も読みやすくて、すごく書きなれてる印象を受けました。結果が楽しみですね☆
by kirakiratositananika (2006-02-01 18:20) 

せろ

>naotoさん
こんばんは。nice!とお褒めの言葉ありがとうございます。
元々は単なるヘンテコ夢日記のような話だったのですが、
この賞に応募するにあたりテーマに沿って書き換えたら
こんなものになってしまいました。
GBA応募作品は見渡したところ強豪揃いのようなので、
結果についてはなんとも、というところですが…吉報を待ちます。
by せろ (2006-02-01 23:50) 

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